Urappi scrappi

Oct 23
“ある大学でこんな授業があったという。
「クイズの時間だ」教授はそう言って、大きな壺を取り出し教壇に置いた。
その壺に、彼は一つ一つ岩を詰めた。
壺がいっぱいになるまで岩を詰めて、彼は学生に聞いた。
「この壺は満杯か?」教室中の学生が「はい」と答えた。
「本当に?」
そう言いながら教授は、教壇の下からバケツいっぱいの砂利をとり出した。
そしてじゃりを壺の中に流し込み、壺を振りながら、岩と岩の間を砂利で埋めていく。
そしてもう一度聞いた。
「この壺は満杯か?」学生は答えられない。
一人の生徒が「多分違うだろう」と答えた。
教授は「そうだ」と笑い、今度は教壇の陰から砂の入ったバケツを取り出した。
それを岩と砂利の隙間に流し込んだ後、三度目の質問を投げかけた。
「この壺はこれでいっぱいになったか?」
学生は声を揃えて、「いや」と答えた。
教授は水差しを取り出し、壺の縁までなみなみと注いだ。彼は学生に最後の質問を投げかける。
「僕が何を言いたいのかわかるだろうか」
一人の学生が手を挙げた。
「どんなにスケジュールが厳しい時でも、最大限の努力をすれば、 いつでも予定を詰め込む事は可能だということです」
「それは違う」と教授は言った。
「重要なポイントはそこにはないんだよ。この例が私達に示してくれる真実は、
大きな岩を先に入れないかぎり、それが入る余地は、その後二度とないという事なんだ」
君たちの人生にとって”大きな岩”とは何だろう、と教授は話し始める。
それは、仕事であったり、志であったり、愛する人であったり、家庭であったり・自分の夢であったり…。
ここで言う”大きな岩”とは、君たちにとって一番大事なものだ。
それを最初に壺の中に入れなさい。さもないと、君達はそれを永遠に失う事になる。
もし君達が小さな砂利や砂や、つまり自分にとって重要性の低いものから自分の壺を満たしていけば、
君達の人生は重要でない「何か」に満たされたものになるだろう。
そして大きな岩、つまり自分にとって一番大事なものに割く時間を失い、その結果それ自体失うだろう”
わさびんびん~わさらーのtubuyaki~ (via wasara)

(via appbank)


May 3
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安倍元総理
「あの・・先ほど勝谷さんが言われたことは大変重要なことで
陛下は相当おことばについて考え抜かれたんだと思いますね。
陛下が感謝を表明される中において普通、陛下は特定の団体とかですね人達について固有名詞をあげられないんですが
今回は自衛隊、そして消防、警察、そして地方自治体の方々
特に自衛隊っていう名前が陛下の口から・・この発せられたと言うことはずっとなかったんだろうと思うんですね。
宮内庁や政府はなるべく距離を開こう、開こうとしていきました。

それとあの、これからの日々を生きようとしている人々の雄々しさに・・まあ深く感動しているということを陛下は仰ったんですが
雄々しさ、先ほど勝谷さんが言ったようにですね、この雄々しさというのはやはり明治天皇も、昭和天皇もですね今上陛下もここぞという時に使われるんですね。
明治天皇は日露戦争の時に、「敷島の 大和心の 雄々しさは 事ある時ぞ 現れにけり」と、こう仰ったんですが。
昭和天皇は先ほど勝谷さんが言ったように、終戦の翌年の歌会初めで、「降り積もる 深雪に耐えて 色変えぬ 松ぞ雄々しき 人もかくあれ」と、今、まさに雪がしんしんと降っていると、この雪の冷たさと重たさに耐えて松は雄々しく美しさを失わないと。
日本は占領下にあるけれども日本の素晴らしさ、美しさは失いたくないものだという思いを込められたんですね。
そういう中で今度は、このやはり未曾有の大災害の中で頑張らなければいけないという気持
一つになろうという気持において雄々しさと言う言葉をですね、天皇陛下は発せられたんだろうなと思いますね。


(参考)


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明治天皇後製(日露戦争開戦時に詠まれた)
敷島の 大和心の 雄々しさは
事ある時ぞ 現れにけり


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昭和天皇後製(終戦の翌年に詠まれた)
降り積もる 深雪に耐えて 色変えぬ
松ぞ雄々しき 人もかくあれ


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今上天皇(震災後に発せられたお言葉)
これからの日々を生きようとしている
人々の雄々しさに、深く胸を打たれています。


たかじん氏
「櫻井さんいかがですか?」

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櫻井よしこさん
「あの・・御皇室というのはですね、普段は国民のことを思って天皇陛下は祈ってくださってるわけですよね。
その祈ってくださっている姿というのを国民は殆ど知らないんですけれども
本当に身をきれいにして祈ってくださっている。

そして皇室が社会の現象とか、国の在り方について目立った活動をなさったり、お言葉を発したり、決定的な動きをするというのは私はね
100年に1回とか、何十年に1回のことなんですよね。
そのような節目節目で国家の、国民の統合力になってくださるという御皇室に対して私たちはもっと日常からもっとそのありがたいという気持で知っとかなきゃいけないというふうに思います。
そしてもう一つ、これ安倍さんも今、仰ったことなんですけれども
天皇陛下が自衛隊、それから警察、消防ということを仰った。
しかも自衛隊が一番先にきてるんですよこの順番の中でね。
今まで自衛隊とは本当に意図的に誰の意図か、官僚の意図か分かりませんけれども
距離を置かれているんですが、今回おっしゃったということは
お心の中で自衛隊はとても大事なんだと
国家というものにとって国民を守る自衛隊というのは大事なんだと
国家というのはこういうもんなんですよということをやっぱりお言葉の外でですね示してくださっているんじゃないかと私は思いました。
銀色の侍魂 【書き起こし】たかじんのそこまで言って委員会より「日本人の精神を守る」(後編?)「震災復興!“増税を許すな・自分にできることを直ちにする、できそうでできないその事を率先してなされる天皇皇后両陛下を見習わなければならないと思います。 (via yshm)

(via tatsukii)


May 2
レーシック業者のネットフィルタリングは素晴らしいと思うぞ。
失敗談とかを完全に検索させない。
ヤホオも先生も検索出来ない。

468 名無しさん@涙目です。(熊本県) 2011/04/25(月) 20:56:57.80 ID:Cn2TU3bd0
»24
なるほど、検索できないという意味がわかった。

要するに、例えば「レーシック 失敗例」とかでググると、
一見レーシックの危険性を警鐘を鳴らす否定的なサイトに見せかけて
実は、レーシックの宣伝サイトであって、このようなことに注意して
まっとうなクリニックを選べば大丈夫という風に誘導する気マンマンなのがわかる。
そういうサイトが無数にあって、検索上位を独占させれば、おのずとガチの否定的な意見は下位ページに追いやられて、事実上黙殺されてしまうわけか。
レーシック手術の失敗例がネット上であまり見つからない理由 - 役立つちゃんねる (via peperon999)

(via nuremochi)


May 1

Apr 23

盲人や聾者を「ショーーガイ者」と呼んでいると、彼らは本当に“障害者”になってしまうのである。 心理学ではこれはすでに有名な現象であるらしい。通称「ステレオタイプ効果」ってやつだ。 たとえば、Jane Elliottが おこなった実験:

  1. 子供たちを青色の瞳と、茶色の瞳のグループに分け、各グループに簡単なテストをやってもらう。
  2. そのとき双方のグループに「○色の瞳の人間のほうが知能が高い。これは科学的な事実だ」と宣言す る。
  3. すると、「知能が低い」と宣言されたグループは、明らかにテストの成績が落ちる。
  4. 翌日、前といったことを逆転させる。すると、グループの成績も逆転するというのである!

さらに最近の研究によれば、これは瞳の色だけじゃなく、人種や、大学の名前でもそうで、 子供だけじゃなくて大人でも結果が変わってしまうんだと。たとえば この番組で紹介されている Jeff Stone の実験では:

  1. 被験者を、白人と黒人に分け、ゴルフの簡単なパターのゲームをやってもらう。
  2. 「これは知的能力のテストです」というと、白人の成績は上がり、黒人の成績は下がる。
  3. 「これは運動能力のテストです」というと、黒人の成績は上がり、白人の成績は下がる。

これはなぜかというと、アメリカでは 「黒人は天然のスポーツマンだ」という信念が人々の中にあるからだそうな。 このような考え方は、いまの米国では直接言われることは めったにない。こういう考えは “racist” だとみなされるからである。 しかし、白人も黒人も、内心ではこういった人種的偏見を信じこんでしまっているのだ! それがテストに差が生じる理由である。

2010/3 (a) (via otsune) (via katoyuu) (via ssbt) (via gkojaz) (via yaruo) (via wafter) (via ag107) (via mug-g) (via tiga)
2010-03-28 (via gkojay) (via fialux)

Apr 5
“ インディーズ映画好きの姉に誘われて、先日『ミツバチの羽音と地球の回転』という映画を観に行った。山口県の島に持ち上がった原発建設計画を巡る、28 年来の住民による反対運動を追ったドキュメンタリー映画で、原発や核兵器の問題提起で注目を集める鎌仲ひとみ氏が監督を務めている。2010年に封切られ た作品だが、偶然にも題材がタイムリーなものとなったため、人気が急上昇しているらしい。僕らが映画館に着いたときには昼の部がすでに満員だったので、そ の後に予定されている監督のトークセッションを先に観て、夜の部のチケットを買うことにした。

 で、そのトークセッションがすごかった。

  鎌仲監督のトークはまあ普通だったと思う。映画を作った背景や製作中の苦労、現在の原発運営に関する問題提起などを素朴な口調で簡潔に語ってくれた。すさ まじかったのは、その後の質問コーナー。最初に挙手した40代くらいの女性は、枕詞のように映画に対する美辞麗句を並べたあと、「監督も女性ですし、やっ ぱりこれからは女性の時代です」といきなり持論を展開。色々な例を挙げてベラベラしゃべった後、「男性に任せる社会は今みたいな隠蔽体質を生むと思うんで す」と結んで、一曲やり終えた歌手みたいな顔をしてようやくマイクを離した。次にマイクを握ったのは、初老の淑女。やはり美辞麗句を冒頭に連発したあと、 「私、NGO団体に参加しているんですけど、今度フォーラムを行います。よかった皆さん来てください」と締める。その後も老若男女問わず、様々な人の口か ら、似たような雰囲気のマイクパフォーマンスが繰り返された。

 ほとんど質問の出ない質問コーナー。マイクを握る人のイっちゃった眼差 し。ときに自然とわき上がる拍手――。たぶん、題材と時期の重なりが悪かったんだと思う。知的好奇心を満たそう、何か学ぼうといった目的ではなく、持論を 補強するための鎧として映画を観に来たアホが大量にいたみたいだ。普通の感覚で鑑賞した人も多かっただろうけど、トークセッションというフィルターによっ て、なんか濃縮されちゃったっぽい。

 あまりに双方向性のない雰囲気が見事だったので、しばらく質問者ウォッチに集中していたんだけど、 気鋭のドキュメンタリー映画監督の話が聞ける機会は貴重なので、僕も(いや、僕「は」)質問してみた。反体制側から問題提起する人に常々聞いてみたかった のは、自分が扱う情報の選定方法。たとえば、チェルノブイリ原発事故は、死者数が数100人とも数万人、数十万人とも言われている。政府を含めて色々な調 査団体が、人数を推定するために様々な統計や調査を参考にしたと思うんだけど、資料のなかにトンデモ系が混じっていることもある。そうしてまとめられた玉 石混淆の推定値のなかで、説得力があるのは確かな資料だけを採用した客観的に公平なものだろう。鎌仲監督はトーク中に、政府や電力会社発の情報に対する不 信感を何度も口にしていた。じゃあ、その反論として作った映画に説得力を持たせるために、どんなデータをどんな選定方法で採用したのか。そこに興味があっ た。

 「放射能被害を推定するデータはたくさんありますが、鎌仲監督はどんなデータをどういう理由で採用しているんですか?」

  だけど、鎌仲監督からはきちんとした答えが返ってこなかった。「日本は死因をごまかせるから、比較的死因をしっかり残す仕組みのアメリカのデータが参考に まります」というものの、その他の例示や自分なりの情報選定のルールなどは語らず、最後は「放射能は様々な身体の不調を呼ぶものなので、本当に気をつけな くてなりません」と強引にまとめられた。別に仕事じゃないし、厳しい追及なんてする気はないから、僕もにこやかな表情を作って「分かりました。ありがとう ございます」とマイクを離したけど、軽くショックだった。

 鎌仲監督は劣化ウラン弾が飛び交う戦地を取材するなど、すごくハードな生き方 をしている。その生き様は否定しない。だけど、自分で集めた情報を元に世間へメッセージを送る仕事人としては、ちょっと不誠実だと思った。別に分からない 部分があっても構わないんだけど、分からない部分を自覚するのが重要じゃないか。たとえば、「放射能被害のデータは実際よく分からないから、現場で自分が 見たことしか言わない」とかでもいい。そうやって切り分ける姿勢が誠実だと思うんだ。確固たる線引きを持っている人なら、突然の質問だったとしても、ポリ シーの片鱗はみせてくれるはず。なのに、まったくかみ合わなかった。

 だから疑念がわいてしまった。もしかしたら、「原発は悪だ!」とい う仮説が事実か確かめる段階を省いて、仮説に真実味をつけるために都合の良いデータをあてがっているだけの映画なのかもしれない――。そう思うと、とても じゃないがセッション後の映画を観る気分になれなかった。僕は純粋に資料としてドキュメンタリー映画が観たいだけなのに、恣意的なデータで資料性が歪めら れた可能性のあるものなんて観たくない。

 ・・・てことで、結局映画は観ずに帰った。でも、何の根拠もなく持論を盲信できる人々をリアル で体験できて、自分の商売道具をきちんと説明できない人に対する残念な気持ちも勉強できたので、かなり充実した一日だったのは間違いない。いつか時間が 経ったら、DVDか何かで『ミツバチの羽音と地球の回転』を鑑賞したいと思う。そのとき、鎌仲監督にごめんなさいと言える作品だったら嬉しいな。”
古田雄介のブログ: 僕が『ミツバチの羽音と地球の回転』を観なかった理由 (via nakano)

(via mitaimon)



Apr 3

人生は見たり、聞いたり、試したりの3つの知恵でまとまっているが、多くの人は見たり聞いたりばかりで一番重要な試したりをほとんどしない。

ありふれたことだが、失敗と成功は裏腹になっている。みんな失敗を恐れるから成功のチャンスも少ない。

本田宗一郎 (via kashino)

Mar 19

kashino:

被災した人、救援している人と同じレベルの視点で撮影された秀逸な映像。言葉がみつからない…。


Mar 15
“発売中の『INVITATION』でも書いたけど、新垣結衣は性欲よりも青春欲=青欲を刺激する希少な存在だ。その存在に触れることで、青春時代のピュアでナイーブな気持ちを感じたり取り戻したりすることが出来る、そんな幻想を纏っている。原田知世や斎藤由貴、広末涼子の全盛期と同じだ。” インサイター:ガッキーVSアッキーナ - livedoor Blog(ブログ) (via munekata)
2007-11-27 (via yasaiitame) (via gkojax) (via komahiko) (via nuremochi)

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